映画界の風雲児 荒戸源次郎さんから学んだこと②

2005年映画の世界を知りたくて映画プロデューサー、映画監督である荒戸源次郎さんの荒戸映画事務所に飛びこんだ時の話の続き。お手伝いしていた一角座を離れてから久々に事務所を訪ね荒戸源次郎さんと交わした最後の言葉。

「俺が映画を選んだんじゃない。映画が俺を選んだんだ」

「帰ってくるべき人間は必ず映画に帰ってくる。あなたは度胸あるもの、大丈夫。自分の思い描くタイミングでやりなさい」

それから海外での主演舞台や演劇プロデュースなど少しずつやりたいことが形になり始めその報告をしたかった。けれどもそれは叶わなかった。

荒戸さんは2016年11月に亡くなってしまった。一角座当時のスタッフと連絡を取り合い、お通夜に駆けつけた。

お通夜では、荒戸さんの最後の監督作となった『人間失格』の主演をされた生田斗真さんの弔辞に涙した。翌日の葬儀後、荒戸源次郎映画事務所出身の映画監督陣、荒戸さんと作品作りを共にされた方々と食事をし、皆で荒戸さんとの思い出話に花を咲かせた。はちゃめちゃなエピソード、荒戸さんの名言などが飛び交う。

映画の扉を開きたい若者たちが荒戸さんの事務所を訪ね、チャンスを与えられ巣立っていった。荒戸さんは心意気をかってくださる方だった。

「映画」という共通言語で、バックグラウンドの違う多様な人々が集う。それを抱え込む荒戸さんのオープンさと懐の広さ。映画は総合芸術なのだから、さまざまな人が入り組んだ方が豊かであるに違いない。けれども、それを実践することは容易なことではない。

あれからもわたしはずっとトライアンドエラーを繰り返しながらじぶんのできることを突き詰めてきた。新しい領域に踏み込んでも思いきってやってみればなんとかなるものだという勇気はあの時から始まった。先日公開されたTEDxTalksで話した通り、いまようやく映画作りに着手しようというところにきた。やってみたことのないこと、まあたらしいことに飛びこんで、ひるみそうになる。映画とどのように向き合うべきだろうか?そんな時に思い出すのは荒戸さんの「あなたは度胸があるから大丈夫」という言葉だ。思った以上にここまでの道のりに時間がかかってしまったけれど、でもいまならできそうな気がする。インディペンデントだからこそのよさを発揮したい。

最後に映画『赤目四十八瀧心中未遂』について書く。原作の小説は、車谷長吉著の直木賞受賞作品で、漆黒の闇にまっさかさまに落ちていくような感覚をもたらす。主人公が抱える疎外感に共鳴した。私小説は一体どこまでが本当の話でどこからがフィクションなのかわからない。その魔力に引き寄せられ、一時期車谷長吉の本を読みふけった。

会社に入って間もなく予想外に仕事や職場環境のハードさゆえ潰れそうになった。その心の支えになったのが会社の昼休み中の読書だった。車谷が描く暗闇に没頭すると、ヘビーなのに気持ちがすっとして自分を保つことができた。(同時期に読んでいたのは太宰治の作品群だったが、そういえば荒戸さん最後の監督作品は生田斗真さん主演の『人間失格』だった。)

『赤目四十八瀧心中未遂』の主演を務めた寺島しのぶさんのエッセイ『体内時計』の中で一番印象深いのが銀幕デビューを果たすまでのエピソードだ。映画化となる5年前に原作を読んだ寺島さんが感激して、「もし映画化されるなら私に綾役を演じさせてください」と読書カードにメッセージを寄せ、そのカードは車谷長吉作家本人に大切に保管されていた。主演女優探しが難航していた荒戸さんに車谷さんがその話をしたことがこの映画の出演のきっかけとなっているから”赤目”の引力は恐るべしである。

そしてやはり思うのだ。意志的に生きてこその人生だと。