新国立劇場から巻き起こる新しい風

社会の底辺に生きるロシアの人々を描いたゴーリキーの『どん底』。新国立劇場にて上演されていた五戸真理枝(文学座)演出を観劇しました。新国立劇場 演出家デビュー&不朽の名作を手がけることへのプレッシャーもあったことと思いますが、守りに入らず攻めた演出に俳優陣も生き生きとしていて私はスカッとしました。今、日本で上演する意味を彼女なりのアプローチで昇華させていたことが何よりもうれしかった。

五戸真理枝さんは早稲田大学劇団木霊(こだま)の先輩です。OB、OGには久米宏さんや田中真紀子さん、佐藤B作さんらがいて当時のしきたりが今なお続く体育会系の学生劇団。厳しい身体訓練を潜り抜け新人公演を無事終えると、劇団員に昇格というシステムで、真理枝さんは私の新人公演の演出助手でした。身体訓練は過酷そのもので早稲田から護国寺まで走って途中お寺の階段を手押し車で駆け下りる。

真夏日5キロ完走すると今度は大隈講堂前で、腹筋、背筋、スクワットやダンスやらで限界を越え歩けなくなり、あおむけで空を眺めてはこれが本当に演劇の道なのか?と考えた日々。(ここらへんのことは劇団”二十歳の国”率いる木霊の後輩竜史がお笑い芸人ピスタチオを主演に迎えた舞台『No.2』で見事にエンターテイメント化していた)

劇団の根性論、精神論になじめず周囲を見渡すと、ちょっと異端というか楚々とした雰囲気で考え方は冷静かつ合理的、思考が似ている人がいる、、、それが五戸真理枝さんだったのです。学生時代は真理枝さん宅に泊まって将来の夢を語り合いました。

再び会うようになったのはここ数年のことです。

大学卒業後10年ぶりに再会した2015年夏、真理枝さんが文学座有志の自主企画で演出をすることに心躍り浅草の劇場へ。

そして上演後に「年月を経て大人になった私たちだから作れる何かがあるはずだ。一緒に舞台を作ろうよ」「もっと世の中に自由なことを発信したい。待ちでなく場を作って攻めていこう」と口説いて「そうだそうだ」とお互い一緒にユニットを組んだのが2016年。

あれから彼女は歯車が回りだし、新国立劇場で大きく挑戦していることをとても嬉しくおもいます。

新国立劇場での『どん底』演出が決まって早々に真理枝さんに会いました。

今回のチャレンジにあたって本人曰く、今の日本社会で起きていること、特に日雇い労働者たちの街並みを取材したいと意欲満々でした。

それがロシアの古典『どん底』とどのように交わるのか想像もつかなかったけれど、過去、私自身釜ヶ崎や飛田新地、黄金町などを歩いた経験を元に、彼女に当時の情報と最新情報を共有し続けました。

できた作品の舞台装置は、あのドヤ街に立ち込めるエネルギーに通じていてココに結びつくのかと驚きます。

公演が終了したので書きますが、現代の日本人が空き地で『どん底』を演じるという二重構造になっていて、100年前のロシアの人々と今が重なり合う瞬間、その普遍性にハッとします。

観劇後、楽屋を訪ねると、本人も「賛否両論は覚悟で創作にとりかかったの。現代と作品を繋げる工夫、そして何よりこの作品で重要な『貧しさ』を、お金をかけた作り物ではなく、リアルにどう描くかを大切にした」と言っていて、真摯に古典芸術と向き合いながらも、真理枝さんらしい視点を纏わせてこの時代に蘇らせたという意味でとてもエキサイティングな作品に仕上がったように思います。

今回の『どん底』は昨年新国立劇場の演劇部門芸術監督に最年少で抜擢された演出家 小川絵梨子さんが掲げる「ことぜん」(個と全)をテーマにしたシリーズの第二弾。個よりも大きな集合体が尊重されるこの世の中に一石投じるような作品群を目指していることは本公演からもヒシヒシと伝わりました。

パンフレットでの真理枝さん、小川絵梨子さんの対談も異色の二人同士、読みごたえあり。(新国立劇場は過去のパンフレットも在庫があれば売っています)フレッシュな芸術監督から演劇界も新風がどんどん巻き起こりますように。

(昨年の蒼井優さん主演『スカイライト』も近年稀にみる素晴らしさだった!)

新国立劇場 楽屋にて。五戸真理枝(文学座・演出家)さんを囲んで。

さて、今回の観劇で劇団木霊の先輩に遭遇。偶然にも川村裕紀先輩と席がお隣で。裕紀さんは学生時代『燈色の星』という八百屋お七から着想を得た舞台の作・演出を担当し、私は主人公のお華を演じました。

後に、この作品は早稲田大学とジャニーズの共同作品としてグローブ座でキャストを変えて再演されるわけですが、私は今でもあのお華に影響を受け続けています。

「誰が決めたの?そんなこと」というお華のセリフは、世の中の人が無意識に当たり前と思っていることに問いを投げかけます。私の大切な価値判断には、常にこの言葉が頭をめぐり続けること10数年。当時未熟でもっと演じきれたことがあったはずだという後悔も抱きながら、役が後々まで教えてくれることは大きく、それは演者だけではなくて、演劇を観る人にも通じることなのでしょうね。

本や演劇、映画を読んだり見たりしなくても生きてはいけるかもしれない。

でも作品から受け取る誰かの痛みや悲しみ、喜びは豊かな人生を育むにはなくてはならないものです。会社の数百人のフロアでも演劇の話をする人を見かけることはありません。いたとしても一人か二人?!それでも文化・芸術に触れる時間はとても大切なもの。雑多に演劇が溢れる東京で、ささやかに丹精込めて作られた作品の存在がもっと知れ渡って観た人同士で作品を肴に色々語り合えたら素敵なのに!と思います。演劇に限らず映画もそうですけど。

この晩は、そのまま真理枝さんのお祝い会ということで、お酒を酌み交わしながら語り合いました。皆それぞれの道があって大人になるってやっぱりいいな。

 

プロフィール

川嶋一実
川嶋一実
週末女優-女優×製薬会社OL-
聖心女子大学卒。現役OLかつ国内外で舞台・映画出演の他、メディアでの執筆や聖心女子大学哲学科芸術学の授業で特別講師として招かれるなど活動の幅は多岐に渡る。
2011年人生の転機を求めてひとりニューヨークに飛び込み、翌年アメリカで舞台『HITOMI』に主演。
以降、女の二人芝居『たまことゆかり』(作:五戸真理枝/文学座)をプロデュース・主演したり、ドイツの報道番組に密着取材を受け独自のライフスタイルが紹介された。
TEDxTalksで「飛び込む力で自分の道を切り開く」をテーマにスピーチし、2020年に動画が公開される。今後は映画製作に挑戦。
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